「nostalgia」



「お客様、そんなに飲んで大丈夫ですか?」

マスターはカウンターに座った青年に声をかけた。
背年はこの町の路地裏のBarには似つかわしくなく、とどことなく優雅な雰囲気を漂わせていて、ひそかに周囲の視線を集めていた。

「大丈夫」

そう言いながら、グラスを傾ける。
「ねえ、君ひとり?俺たちと一緒にのまない?」
先ほどから度々視線を送っていた男たちが寄ってきた。

「お客様、だめですよ。」

「うるさい!君みたいな綺麗な子、ぜひ一緒に飲みたいなあ」

一人の男がグラスに添えていた青年の手をつかむ。

「放せ!」

その手を振り払った瞬間、クラクラと眩暈がし、青年はカウンターに突っ伏してしまった。
赤い髪をかきあげ、体制を直そうとするが体に力が入らない。

「ふふん、ずいぶん飲んだんじゃないか?さあ、こっちに来いよ」

懲りもせず、男は再び腕をつかんだ。

「あっ、お客様っ!ちょっと!」

マスターが制するが、男たちは無視して手を引き寄せる。

「私の連れに何か御用ですか?」

今度は男の肩が凄い力で引っ張られ、ぎょっとして振り返ると、黒いコートをまとった長身の男が見下ろしていた。
サングラスの下からの鋭い視線は明らかに並の人間のものではなかった。

「あっ、いえっ、ずいぶん飲まれたようでしたから・・
いえ、お連れがいらっしゃるなら安心です。失礼!」

蛇に睨まれた蛙の如く、男たちは焦って店を出て行った。

「お連れがいらしたとは・・・安心しました。」

マスターがほっと胸をなでおろした。

「マスター、世話をかけたな。
さ、アルベリッヒ行くぞ。」

「ジークフリート!なぜおまえがここに・・・」

そう言いかけて、バタリとジークフリートの胸に倒れこんだ。

「眠ってしまいましたね。
フフ・・・あなたを見て安心した様だ。」

「やれやれ・・・。」

そういいながら、アルベリッヒを軽々と抱き上げる。

「代金はこれで。」

突然、札束を渡されて、マスターははっと我に帰る。

「あ!はい・・・ただいまお釣りを・・・」

顔をあげると、もうそこには2人の姿はなかった。















「うーん・・・・」

意識が戻ると同時に、すさまじい頭痛が襲ってくる。

「気がついたか?」

聞き覚えのある声にアルベリッヒは反射的に飛び起きた。
くらくらしながらも、周りを見渡すとそこはホテルのベッドの上だった。
そして、声の主はキングサイズのベットの上で悠々と真横で寝そべって自分を見ていたらしい。

「ジークフリート・・・・?なぜここにいるんだ?」」

「ごあいさつだな。せっかく夕べは助けてやったのに。」

「夕べ・・・?」

そいういえば、昨日街中のBarに行ったのまでは思い出せるのだが、そこからが全く記憶がない。

「覚えていないのか?ずいぶん飲んでいたからな。
知らない男共に連れて行かれそうになっていたんだぞ。」

そういえば、おぼろげに誰かと言い争ったような記憶がぼんやりと蘇ってきた。

「ふん、余計なお世話だ。だいたい俺に何の用だ。」

「ヒルダ様より、お前をワルハラ宮に連れて帰るようにとのご命令だ。
お前はアスガルドに必要な人物だから・・・とのことだ。」

「なに・・・?俺はヒルダ様に謀反を起こそうとしたんだぞ!」

一瞬、空気が止まったようにジークフリートが驚いた。

「ハハハハ・・・!」

「な、なにがおかしい!」

「ハハ・・・お前、そんなこと考えていたのか。
どうりで、ずいぶんとバルムングの剣に執着して調べてると思ったが。」

「笑い事か!俺は裏切り者なんだぞ!」

「まあ、私もヒルダ様も以前からだいたい察してはいたがな。」

「なら何故・・・。あの女、馬鹿じゃないのか!?」

刹那、真顔になったジークフリートがピシャリと頬を打った。
ジワジワと腫れて痛み出した頬を押さえながら、夢から覚めたようにジークフリートを見返す。

「お前はヒルダ様のお気持ちが解らないのか。
第一、お前にヒルダ様の代わりなどできん。
いいか。バルムングの剣ではお前はヒルダ様を倒すことなどできない。
あの戦いの後、ペガサスがヒルダ様をバルムングの剣で切ったが、呪縛がとけてヒルダ様は元に戻られたのだ。
仮にお前がバルムングの剣を手にしたとしても結果は同じだ。」

「なんだと?そんなはずは・・・」

「お前の読んだ書物は私も一通り読んだが、そこまで詳しく事実は書かれていなかったはずだ。」

確かに、ジークフリートの言うとおりだった。
片っぱしから目を通したが、どれも実際どうなるのかは曖昧な記述でしかなかった。

「それにお前が仮に王になったとしても3日で飽きるさ。」

「バカな!俺はこの地上を手に入れ・・・」

「それがお前の欲しいものか?
…違うな。」

ジークフリートはアルベリッヒの赤い髪にそっと手を入れ、頬を押さえてる手に重ねた。

「俺が本当に欲しいもの・・・・?」

「そうだ。お前が王になって、それからどうする?」

ジークフリートの強い眼差しが、碧い瞳を捕らえる。
優しさと強さを秘めた澄んだスカイブルーの瞳に引き込まれていく。

(・・・・・・・・敵わない・・・・・・・)

そう、いつもこの瞳に見つめられる度に、どこかでそう思う自分を知っていた。
そして、彼のものにされた自分の体は心よりも早く屈服した。
抗う心と正反対に堕ちていく体に苛立つ一方で、甘美な快感を密かに感じていた。

そのまま、ジークフリートはゆっくりと唇を重ねた。
優しく甘く・・・。
アルベリッヒは誘われるがまま瞳を閉じた。















あの日・・・
ドラゴンの聖闘士との戦いで、俺は死んだはずだった。
だが目を覚ました時、俺はベッドの上に寝かされていて、傷も手当てされ、かろうじて歩けるほどだった。
そこはワルハラ宮の、忘れもしないジークフリートの部屋。
壁を伝いながら外へ出ると、オーディン象の前は地面が砕かれ、激し戦闘の跡を呈していた。
そして、ヒルダ様の祈りが全ての傷を癒そうと、アスガルド中を包み込んでいた。

「アルベリッヒ・・・?」

俺のコスモに気づいたヒルダ様が振り返る。

「よかった・・・生きていたのですね!」

涙を流し、本心からの笑顔に俺は戸惑った。
ヒルダ様は俺の裏切りを知っていたはずだ。
当然、また厳しいことを言われるのだと思っていた。

「私のせいであなたを戦いに巻き込み、傷つけてしまいました・・・。」

そう言って、俺の手を取ると、ヒルダ様の手から清らかな白い小宇宙が俺を包み込み、
みるみるうちに全身の傷を癒していった。
先ほどまで鉛のように重たかった体が軽い。

「ヒルダ様、俺は・・・。」

涙をこぼすヒルダ様を見るに耐えられず、俺はその手を振り払って走り去った。

「あっ、アルベリッヒ・・・。」

俺を追おうとしたが、大量の出血と渾身の祈りでほぼ気力だけで立っているヒルダ様は、足を踏み出した瞬間その場に崩れた。

「アルベリッヒ・・・行かないで・・・。」

なおも立ち上がろうとし、涙を流し手を伸ばすヒルダ様を振り返る勇気もなく、俺はアスガルドを出て、南のこの国まで逃げてきたのだ。















「アルベリッヒ、帰ってこい・・・。
そして私のそばにいろ。
気づいているだろう・・・・お前は心も既に私のものだ。」

甘く囁きながら、ジークフリートは何度も角度を変えて唇を重ねる。
髪をなでられ抱きしめられ、覚えのあるジークフリートの感触に身を委ねる。

(俺が一番欲しいのは・・・)

ジークフリートは誰かを守ると心に誓ったら、必ず命をかけても守り通す。
そういう男だ。

(いや、まだ早いんだ。そこに落ち着くのは。
俺はまだまだ・・・。)

こんなふうに優しく強くジークフリートに抱きしめられると、素直にそのまま愛を受け入れられたらどんなに楽だろうと思う。

(だけど、愛されて守られるだけの存在には収まりたくないんだ。
俺にとってのジークフリートは、尊敬であり、憧れであり、恋人であり、友人であり・・・
だけど時には好敵手として、お前とは対等でいたい。
ずっと一緒に並んでいたいから・・・。
同じ目線で世界を見ていたいから・・・・。)



「そこまで言うなら、帰ってやる。」

ジークフリートの胸を押しのけて、その瞳を見つめ返す。

「だが、これだけは言っておく。
俺はお前のものにはならないからな。」

「そう言うと思ったよ。」

少し残念そうに、でも微笑みながらジークフリートが答えた。

きっとお見通しなのだろう。
いつも自分の上を行くジークフリートが、ちょっぴり憎い。

「では、隊長として命じる。
アルベリッヒ、直ちに私とワルハラ宮へと帰還し、任務に戻るように!」

「承知いたしました。」

「一緒に創っていこう・・・アルベリッヒ。
わが愛する祖国、アスガルドを。」

「ああ」

俺は久々に澄み切った笑顔で頷いた。



最果ての永久凍土の国、アスガルドはもうすぐ春を迎える。
戦いの傷痕を乗り越えて、止まっていた時間がまた動き出した。


Fin


えー、まず日本ではお酒は二十歳になってからですね(笑)
あの後ヒルダ様の祈りで神闘士は全員復活したという設定で書いてます。
ジークとアルの気持ちってこんな感じかなと思って書いてみました。
誰にも束縛されたくないアルベリッヒなりの愛です。
ジークは、素直に愛されるアルでも、こういう意地っ張りなアルでもどちらでも受け止める、器の大きい人です。
でも2人きりのときは、2人ともしっかりラブラブモードという・・・そう、ツンデレがいい!
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